2016.06.18
38億1,031万6,757円・・・大きな金額ですね!! 東日本大震災によって両親を失った震災遺児達を支援しようという方々の集まり『桃・柿育英会』に寄せられた支援金も5年が経過し6回目の支援金が集まり、その累計総額が38億1,031万6,757円になりました。(これまでに37億9,514万9,226円が支給された。遺児の人数は岩手県583名、宮城県1,064名、福島県198名、合計1,845名だそうです。) 震災遺児に対する思いを一つにする方々の継続的な支援が大きな形として育っているようです。 6月7日は私の68回目の誕生日でしたが今年も桃柿育英会に協力させていただきました。 5月に民ちゃんと二人で福島や宮城県を訪ねてきましたが、仙台市内や松島などは津波の被害などは比較的少なかったようですが、松島の瑞巌寺では境内の砂の入れ替え作業などが行われていました。 仙台市内の居酒屋で従業員さんたちとお話をしましたが、仙台市内は震災前の賑わいが戻ってきているそうですが、原発事故のあった地域は一部避難解除地域も指定されたようですが多くの避難者たちは誰も住んでいない故郷に戻る人はほとんどいないようです。 私の大学時代のクラスメイトのSOさん(女性)は福島県の双葉町で震災と原発事故によって福島県内でも被害の少なかった会津若松市に避難していたけれど、最近郡山に家を新築しました。 50年ぶりに再会できて、懐かしい思い出話に花が咲き、ひと時でも震災の避難生活を忘れてもらえれば少しは役に立てたかなと思います。元気そうな彼女の姿を見て私も元気をもらいました。 東電の保証は非常に少ないもので、震災や原発事故で避難している方々にとっては誰に不満をぶつければよいのか、辛い悔しい思いを続けているようです。 SOさんは経済的にはある程度恵まれていたから、新しい家に住むこともできるようですが、『桃・柿育英会』の支援する震災遺児1,845名達はこれからが心配ですね!『桃柿育英会』の支援期間は10年です!継続した支援が求められます。税金投入はこのような遺児たちを救うために優先されるべきだと思います。 舛添要一東京都知事が辞任に追い込まれましたが、政治資金の不透明な使用は全国の国会議員や、市町村会議員の資金使途を徹底的に調査すれば大きな不正使用が発覚すると思っている人は少なくないと思います。 自分のお金は節約できても、他人の金や税金なら使い放題に使うという せこい、さもしい心の貧乏人は政治家としては不適格な方々ではないでしょうか。 日本の政治家たちを本気で育てるのは選挙権を持った国民の責任なんでしょうが、政治家も本当に身を削る思いで政治改革に取り組んでもらいたいものです。 震災や原発事故で被災されてる方々の苦労をわが身に取り組んで考えてもらいたいものです。 5月の『高校卒業50周年記念、ご縁に感謝マイカー旅』で人と人の繋がり、絆、ご縁は各地で頑張っている友人知人たちと顔を見ながら話し合うことで一層ご縁が深まり、充実した大満足の旅でした。 これからも世の為人のために自分にできることが継続できるように日々努力したいものです。 2年間連絡がつかず心配していた高校時代の仲間タコちゃんも元気でした! 先日YUKAさんのJAZZライブを一緒に観に入ってそのあとで中華料理を食べてきました。 明日19日からは又ベトナムにトンネルを掘りに行くそうです! ベトナムでもタコちゃんが仕事をしている地域は田舎なので生活水準は低いようですが、タコちゃん自身は英語で仕事をし、生活することに意義を感じているようで、楽しい人生を過ごしている感じがします。 年末にまた帰国したら連絡くださいね!! #
by shinobueakira
| 2016-06-18 12:04
| 徒然日記(後編)
2016.05.22
5月12日早朝6:30頃、自宅を出発し、『高校卒業後50周年記念、ご縁に感謝のマイカー旅』が始まりましたが、昨日18:30頃無事に帰宅することが出来ました。 総走行距離は3,827㎞、延べ37名、実質35名の友人知人とお会いすることが出来ました。 中には初めてお会いする方もいましたが、突然の訪問にも笑顔で迎え入れてくれ温かいおもてなしに心温まる思いでした。 携帯やスマホが普及し、簡単に手軽に遠く離れた友や知人と話せる便利な世の中になりましたが、やはり出会って相手の人の目を見ながら至近距離でお話ができることの幸せ感にはとてもかないませんね。 昨年の6月に次女が乳がんの手術、9月には民ちゃんの腎臓がんの手術、そして12月には母親の95歳での大往生といろいろ辛いことがありました。 今年の3月に民ちゃんの術後6か月定期検診があり、経過は順調で他の臓器やリンパへの転移もなく順調に回復しているとの事だったので民ちゃんと二人で、ご縁に感謝旅をすることを計画しました。 最初は私一人で旅をしようと思っていましたが、民ちゃんも一緒に行きたいとの事で二人で旅することに決めました。 5月12日(木曜日) 福岡を出発し、山口県のブログ仲間KK氏夫妻、島根県のお遍路仲間MS氏夫妻、兵庫県の大学時代の友人NT君、皆さん暖かく迎え入れてくれました! お会いした方 5名 走行距離700km、宿泊は HOTEL IKUE 養父市八鹿町 5月13日(金曜日) 八鹿町を出発し岐阜県岐阜市へ大学時代の友人YK君夫妻、そしてYK君の仲間ホテル石金のAN氏、岐阜では5月11日より鵜飼いが始まったらしくて幸運にも鵜飼いの見物が出来ました。 料理も酒も美味しく、旅館も最高でした!YK君夫妻に感謝です!お会いした方3名 走行距311km 宿泊は長良川沿いのホテル石金 5月14日(土曜日) 岐阜を出発し、信州佐久のYTさん宅へ向かいました!昼前に到着し、YTさんの息子さんの案内で美味しいお蕎麦屋さんへ連れて行ってもらいました。 息子さんがお店のご主人と友達で偶々今朝魚釣り(イワナ)を沢山釣ってきたそうで10匹も天婦羅にして食べさせてくれました・・・ごちそうさまでした! 信州佐久を出て、今度は高校時代の仲間・宇都宮のKM君の自宅へ向かいました! 奥様の手作りの豪華な料理でおもてなし頂き、3人のお嬢さんたちの話や、仲間の病気や家族の近況など話は尽きませんでした! お会いした方4名 走行距離526km 宿泊は KM氏の自宅 KM君、ありがとうございました!! 5月15日(日曜日) 宇都宮を出発し、福島原発事故で避難しているSOさん(大学時代の女子クラスメート)宅へ5年前の東日本大震災の後転々と避難先を移っていたようですが今回無事に郡山に新しい住処が決定したようです、本当によかったですね!東京から私たちの訪問の話を聞いたMMさん(大学の女子クラスメート)もSOさんの自宅で合流し、昼食は4人で豪華なウナギを頂きました!本当に美味しかったです。 話は尽きず色々な話題が出てきましたが後日詳しく紹介します。 郡山を出発し、大学時代の友人TK君の住む山形県酒田市へ、彼との再会もかなり偶然が重なって再会することが出来たのですが、人間のご縁って不思議だなと思います。 TK君夫妻と一緒に当日宿泊するホテルのレストランでフランス料理を頂きました。 山形の美味しい日本酒とフランス料理も息がぴったりでした! お会いした方4名 走行距離396km 宿泊はホテルイン酒田駅前 5月16日(月曜日) 酒田のホテルを出発し、東日本大震災の現況が確認したくて仙台へ向かいました!仙台や松島しか回る時間がなかったので被害の状況を確認することが出来ませんでした。松島や仙台は地元の方々に聞くと他の地域に比べると被害は少なかったと言っておられました。仙台の繁華街は活気があり居酒屋さんで牛タンを頂きました。地元の方々や、お店で頑張っておられる従業員さんたちの力強い声に私たちもエネルギーを頂きました!ありがとうございました! 走行距離 238km 宿泊はリッチモンドホテル仙台 5月17日(火曜日) 仙台を出発し埼玉県三郷市へ中学高校時代のバスケ仲間SH君の自宅へ向かいました。SH君は最近癌の手術をし、喋る事をとるか、食事を味わえることをとるか二者択一の究極の選択を迫られ、喋る事話ができることを選択しました。それで話をすることはできましたが、食事は胃瘻ということで点滴のような機材で一回の食事に1時間ほどかけて補給しています。 奥さんが付き添って頑張っていました!これからもよろしくね! 三郷のSH君宅を出発し、千葉の船橋の姉の処へ向かいました。 船橋市内のイタリア料理のお店で晩御飯をご馳走になりました。姉は仕事を離れたと思っていたのですが今でも理事長さんに依頼されていろいろ特別な仕事を任されて頑張っているようです。 お会いした方4名 走行距離 371km 宿泊はサングランドホテル仙台 5月18日(水曜日) 船橋のホテルを出て、新宿御苑へ昼食までゆっくり時間があったので、新宿御苑で5月の緑の風を満喫してきました。大学時代のクラスメート3人(YI君、ST君、郡山でもお会いしたMMさん)と新宿伊勢丹で待ち合わせ一緒に食事をする約束をしていました。皆時間通りに集合し、近くの中華料理店で中華料理でした。 そのあと大田区へ大学卒業後の仕事でお世話になったYS氏ご夫妻のお宅へお邪魔しました。 昔話に花が咲き、もう少し時間がほしいと思いましたが、帰りの間際には長女のYさんも仕事から戻って来られ立派な姿を見せていただきました。できれば次女のMちゃんにもお会いしたかったですが又の機会に期待しましょう! その後川崎のホテルに向かいました!そこには中学時代の友人TM君との待ち合わせでした。 最近仕事から解放されて自由になったようですが、何でも近日中に大腸検査を受けるとの事で飲食は控えめにと思いましたが夜11時くらいまで飲んで話していました。 お会いした人6人 走行距離 58km 宿泊はサンロイヤルホテル 5月19日(木曜日) ホテルを出て高校時代の友人UKさんと NEさん そして前日もお付き合いいただいたTM君と川崎在住の仲間たち3人と菅生のデニーズで待ち合わせ。 高校時代の仲間も中学時代の仲間も隔たりがなくあっという間に昔からの仲間のように皆溶け込んで楽しい時間を過ごしました。 UKさんとNEさんから平塚に住むMOさんへのお見舞品を預かり、平塚のMO君の自宅へ向かいました。我々が彼の自宅に到着したころにはMO君は少し熱があったようですが、不思議なことに少し時間が経って話しているうちに熱も下がり声に元気が出てきました。 宇都宮のKM君や三郷のSH君にも電話で話しているうちにすっかり回復していました。 MO君もバスケ仲間で色々な試練を経験してきた彼は地域の人や我々仲間からも慕われる人物です。 彼も病気と闘っています。奥様のYちゃんがしっかりフォローしているので夫婦なかよく頑張ってもらいましょう。 当日はMO君の家に宿泊し、翌朝は自宅から富士山が見えました! お会いした方6人 走行距離351km 宿泊はMO君宅 5月20日(金曜日) 早朝、MO君の自宅の二階から遠くに富士山を見て朝食を頂き!奈良に向かいました! 奈良には香芝市に中学時代のSK君が住んでいるのですが、今回は行き違いでお会いすることが出来ませんでした!残念!!そこで大阪へ向かって、都島のホテルへ ホテルの近くで大阪名物の串揚げを食べて、甥っ子の奥さんの実家が経営しているお好み焼きをホテルまで届けてくれました。 先日母のお参りに家族三人で博多に来てくれたRH君夫婦とお嬢ちゃんありがとう!!美味しかったです!! お会いした人3人 走行距離 225km 宿泊はホテルユーナス 5月21日(土曜日) ホテルで朝食を済ませ、午前中に兄貴の息子H君と電話で話し、ホテルに迎えに来てもらい兄貴の奉られている天王寺のお寺に連れて行ってもらいました。 立派なお寺で兄貴もゆっくり眠っていると思います。 午前中に兄貴のお参りも済ませ、福岡へ帰ってくることになりました!途中大きな富士山も見えましたし富士山も官界の旅を祝福してくれたようです! お会いした方1人 走行距離 650km 総走行距離は3,826km 無事に我が家に到着しました!! 後日詳しい報告をいたします!乞うご期待!! #
by shinobueakira
| 2016-05-22 19:51
| 徒然日記(後編)
2016.04.30
昨日からゴールデンウィークに突入したようです、熊本や大分では地震で避難している人も多いと思いますが一日も早い復興をお祈りいたします。 私の高校の後輩YSさんは南阿蘇でペンション経営をしていますが、今回の大地震で今は福岡の実家に避難しているようです。 YSさんは民ちゃんの高校時代の同級生でもあるので近いうちに同級生10名くらいが集まって激励会をするそうです。一日も早く復旧復興してほしいと思います。電話の声はいつもながら元気そうな声でした。 信州のYTさん、松山のニコニコおかみさんも心配してお電話をいただきましたが、福岡は大きな被害もなく我が家も無事でした。 遠く離れた方々も心配してくれて有り難いことです!感謝!! 4月24日(日曜日)は中国笛の演奏家 王 姝丹(オウ シュタン)の演奏を聴きに行ってきました。 会場はいつも我々が楽々会をする笹丘のガレリアアルテ井ノ浦でした。 中国の瀋陽音楽学院を卒業され笛、笙、オカリナ、口笛などいろいろな笛を演奏されるのですごく楽しい演奏会になります。 約二時間の演奏会はいろいろな笛の演奏であっという間に終了しました。 その後、お客さんたちと一緒に王姝丹さん夫婦を囲んで30分ほどの歓談がありました。 その前に笛の話で昨年も親しくさせていただいていたのですが今年もいろいろな話をしているときに王姝丹さんが「これを上げる」といって中国笛を私にプレゼントしてくれましたのびっくりポンでした!! 私も自作の篠笛を王姝丹さんに8本調子の笛を差し上げました、日中の笛の物々交換でした! 中国笛はしっかりしたつくりで途中でつなぎの金属が埋め込まれていました。 内側には塗装がされていなかったので、カシュー油を塗りました。笛膜という幕を貼っているので不思議な音が出ます。 民間レベルの日中親善はうまくいっています。 昨日4月29日(昭和の日)は高校同窓会ゴルフが芥屋ゴルフクラブで開催されました。 我々が同窓会幹事を担当した48歳の時だったのでこのゴルフ会ももうすぐ20年になります、今回は48回大会だったけど今は年に二回の開催ですが発足当初は年に三回開催されていました。 19回卒業の私たちの仲間は今回は鹿児島のKH君と私だけ二人の参加で少し寂しいですね。 我々より年上の先輩方の参加も少なくそのうち我々がこの会の最高齢者となるかもしれませんね。 毎年ゴールデンウィーク期間中に楽しみにしているブログ仲間のtearoseさんも最近ブログの更新をお休みしていたようですが5月8日にオープンガーデンは開催されるようで嬉しいことです。 また民ちゃんと一緒に訪ねてみようと思います。 ゴールデンウィーク明けには山形の酒田まで途中色々な友人知人を訪ねて高校卒業50周年記念の車旅に出ようと思っています。 ブログもゆっくり更新しようと思いますので今後ともよろしくお願いいたします。 #
by shinobueakira
| 2016-04-30 08:33
| 徒然日記(後編)
2016.04.10
昨年6月の次女の乳がん手術、9月の民ちゃんの腎臓がん手術、12月のおふくろの死と厳しい試練が続き久しぶりに心身ともに鍛えられました。 3月18日に民ちゃんの術後半年検診があり、「他の臓器やリンパへの転移も見られず順調に回復しています!よかったですね!このまま半年検診を続けて様子を見ましょう!」と担当医の言葉が頼もしく聞こえました。 先生も民ちゃんの手術後の止血手術のことを覚えていたようで、「あの時はご主人様にも夜遅くまでご心配をおかけしましたね」とねぎらってくれました。 民ちゃんの退院後は順調で抗がん剤治療や放射線治療なども必要ないとのことで半年検診の結果も異状なく安心しました。 次女のほうは術後8回の抗がん剤治療、その後25回の放射線治療と頑張りました。 一昨日その放射線治療もおわり、今後はホルモン剤を服用するようですが一安心です。 抗がん剤治療はさすがに辛かったようですが、会社にも何とか頑張って出勤しています。 我が娘ながら根性があるなと褒めてやりたいですね。 4月4日には大阪から従兄の息子亮介君夫婦と小学6年生の娘さんも一緒におふくろのお参りに来てくれました。 ゆっくりおもてなしもできませんでしたが、娘さんにはおふくろの包み絵と私の作った篠笛をプレゼントさせていただきましたが喜んでくれていたようです。 またいつか福岡に来るときにはその篠笛も一緒に持ってきてくれるといいですね、その時には一緒に合奏したいですね。 4月に入って埼玉に住んでいる中学高校時代のバスケ仲間のSH君から電話があり「1月から3月末まで入院していたけどやっと退院してきたよ!」と嬉しい知らせでしたが、彼も癌の手術を受け肺炎を起こし入院が長引いていたようですがとりあえずは一安心です。 5月の連休明けには車で民ちゃんと二人で東北、関東、近畿、中国など日本各地にに住んでいる知人や仲間を訪ねてゆっくりのんびり旅行をしたいと思っています。 #
by shinobueakira
| 2016-04-10 03:06
| 徒然日記(後編)
2016.01.17
昨日1月16日(土曜日)は母の四十九日の法要でした。 2016年、最初のブログ更新は昨年末12月3日に95歳で他界した母の四十九日の法要で始まりました。 昨年は6月に次女の乳癌、9月に民ちゃんの腎臓癌と二つの大きな手術が続き私も気分的にブログを更新するような状態ではありませんでした。 そして12月には母親が突然心筋梗塞で何時も通っていたデイケアで突然他界してしまいました。 次女や民ちゃんの手術の結果を見届けて母親が二人の病気を持って行ってくれたのかもしれません。 お陰さまでその後民ちゃんは抗がん剤や放射線の治療の必要もなく、6ケ月に一度検査通院すればいいようで今は普段通りの生活をしています。 次女も、抗がん剤の治療は続いていますがあと2回で抗がん剤治療も終了します。 二人とも発見が早くて不幸中の幸いだったと思いますが母が厭なものは全て持って行ってくれたような気がします。 母は申年で今年96歳になる予定でしたが、昨年中に厭な事は全て持ち去ってくれたのでしょうね。 一昨日、親父と母の故郷(徳島県海部郡)から親父の兄の娘(従姉弟)チーちゃん夫婦が半世紀ぶりに福岡に母の四十九日の法要に来てくれました! 博多駅に新幹線到着が12時34分だったので、迎えに行き、ホテルでチェックイン、直ぐ近くのお寺(東長寺)へ連れて行き親父の納骨堂でお参りし、以前私達が住んでいた荒戸周辺へ行って、大濠公園で食事をし、市内観光をしてもらいました。 此の東長寺で母の四十九日の法要は行われました。 今回の四十九日の法要も住職のお経の響きは冴えわたり、方向音痴だった母も迷うことなく親父の元へ行けた事だと思います。 大濠公園近くのチャイナガーデンで中華料理を食べて、少し公園を散歩しました。 此のあと、西公園や福岡ヤフオクドームなどを見物し、最後は油山観音とひばり観音に行き福岡市内を見下ろしてもらいました。 ひばり観音の前からは福岡市内が一望できます! チーちゃん夫婦も大満足で喜んでくれていました、帰りに「喫茶わいわい」でコーヒーを飲み、我が家に到着したのは17時頃でした、18時には千葉の姉も帰ってくるので我が家の仏壇をお参りしてもらい姉が帰ってからは皆でお寿司を食べて昔話に花が咲きました。 21時過ぎにはチーちゃん夫婦も疲れた様子で、ホテルに送って行きました。ホテルは東長寺の直ぐ近くでしたから、翌日は二人とも歩いてこられました。 16日の法要は約1時間納骨堂で住職にお経をあげて頂き、親父一人だった写真も親父の隣にお揃いで新しく母の写真も飾ってあげました!親父も少し寂しさが和らいだ感じでした。 無事に四十九日の法要も終わり、皆で親父の四十九日の時と同じ木曽路で食事をして母や親父の思い出話に花が咲きました! 四国徳島にも機会を見つけて遊びに行くことを約束して、博多駅までチーちゃん夫婦を見送ってきました。 た! 兄貴の高校時代からの親友Tさん、従姉妹のケイコさん、徳島からのチーちゃん夫婦、有難うございました。 #
by shinobueakira
| 2016-01-17 17:05
| 両親の思い出
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